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岡山地方裁判所 昭和57年(わ)124号 判決

本籍

岡山県倉敷市連島町亀島新田一、九六七番地の五

住居

同県同市中畝五丁目三番二〇号

畜産業

平井深

昭和一一年四月二一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官大星賢司出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を罰金三、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四万二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、倉敷市中畝五丁目三番二〇号の住居地において畜産業を営むものであるが、所得税を免れようと企て、畜産業にかかる収入金の一部を除外して架空名義の預金を設定するなどの不正の方法によりその所得の一部を秘匿したうえ

第一  昭和五三年分の真の所得金額は六、九四六万二、五二四円で、これに対する所得税額は三、六八五万九、五〇〇円であったのにかかわらず、所得税の申告期限である同五四年三月一五日までに所轄倉敷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出せず、もって不正の行為により同五三年分の所得税三、六八五万九、五〇〇円を免れ

第二  同五四年分の真の所得金額は一億八八万七七円で、これに対する所得税額は五、九六九万八、九〇〇円であったのにかかわらず、所得税の申告期限である同五五年三月一五日までに所轄倉敷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出せず、もって不正の行為により同五四年分の所得税五、九六九万八、九〇〇円を免れ

第三  同五五年分の真の所得金額は八、五三七万六、六四六円で、これに対する所得税額は四、五五六万九、二〇〇円であったのにかかわらず、同五六年三月一六日、倉敷市幸町二番三七号所在の倉敷税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の所得金額は九六七万四、七〇〇円で、これに対する所得税額は八九万四、四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の所得税額との差額四、四六七万四、八〇〇円の所得税を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官(二通)及び大蔵事務官(一五通)に対する各供述調書

一  証人島村冨貴雄の当公判廷における供述

一  証人杉本誠一郎に対する当裁判所の尋問調書

一  石井敬二、梶谷直俊、平井喜美、片岡正夫の検察官に対する各供述調書

一  石井敬二(二通)、倉田守典、若狭建設、梶谷直俊、中尾一志、釈囲明宣、岡野優一、渡辺浩、小松原脩、国分良助、中藤裕子、杉本誠一郎、平井喜美(六通)、片岡正夫(三通)、森本武雄、藤井健司(二通)、武田彰雄、森安恭彦、守谷亀次、田中健二(二通)、星野正義、小林克己の大蔵事務官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の告発書

一  大蔵事務官綾木和夫作成の調査事績報告書三通

一  大蔵事務官岩崎巌作成の調査事績報告書四通

一  大蔵事務官中村眞一作成の昭和五六年六月三日付(後綴分)、同月四日付、同月一一日付(二通)、七月三日付(二通、前綴及び中綴分)各調査事績報告書

一  押収してある手帳三冊(昭和五七年押八四号の五ないし七)、売上伝票綴四綴(同号の八ないし一一)、現金預金出納帳一冊(同号の一二)

判示第二、第三の各事実につき

一  大蔵事務官作成の昭和五六年四月三日付及び同月三〇日付各証明書

一  大蔵事務官中村眞一作成の昭和五六年六月三日付(前綴分)及び同年七月三日付(後綴分)各調査事績報告書

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の昭和五六年三月二七日付証明書(前綴分)

一  押収してある昭和五五年分確定申告書綴一綴(昭和五七年押八四号の三)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が畜産事業所得につき申告納税しなかったのは、昭和四七年八月頃、右所得は被告人の経営する有限会社平井精肉店の所得とみるべきであるとする倉敷税務署法人税係官の主張と右所得は個人の免許による営業によるもので被告人の個人所得であるとする被告人の主張とが対立した際、右係官から右所得については被告人が個人所得として申告しても無駄足であるとの趣旨の発言があったためである。被告人としては個人所得として申告する意思はあったが右係官から右の通り拒否する意向を示されたため、申告しなくても許されるものと考えたものであって、被告人には所得税を免れる意思はなかったものであると主張する。

しかしながら申告納税制度が採用されている現行納税制度の下においては、課税されるべき所得があることを認識しながら申告しない場合(事業所得欄に記入しない場合を含める)は、特段の事情なき限り、所得税逋脱の意図あるものと解するのが相当であるところ、前掲各証拠によれば被告人において昭和五三年度ないし同五五年度において課税されるべき畜産業による事業所得があることは認識していたのに、申告しなかったことは明らかであるから被告人に畜産業による事業所得を申告しないことにつき特段の事情があったかどうかにつき検討する。

前掲各証拠によれば、昭和四七年八月頃、被告人の畜産業所得につき、右事業は被告人の経営する有限会社平井精肉店の付随事業であるからその所得は右法人の所得とみるべきであるとする倉敷税務署法人税係官の見解と、右事業は被告人個人の有する畜産商の免許による個人事業であるから、右所得は被告人個人の所得であるとする被告人の見解が対立し、右係官から右所得を個人所得として申告しても無駄足であるとの趣旨の発言がなされ、これに立腹した被告人がそれなら個人所得としても申告しないとの態度をとっていたところ、同四八年三月頃、有限会社平井精肉店の税務を担当している杉本税理士が右の件につき倉敷税務署に相談に赴いたところ、前記係官から、被告人の畜産事業所得については個人所得として申告されたい旨被告人に伝えてほしいとの前言訂正の発言があり、右を杉本税理士は遅くとも昭和五〇年春頃には被告人に伝えたのに、被告人は税務署が詫を入れてくれば個人所得として申告するとの態度をとり、昭和五六年三月国税局が査察に入るまで畜産業の所得については個人所得として申告しなかったことが認められる。以上認定の事実によれば倉敷税務署法人税係官が個人所得として申告しても無駄足であるとの趣旨の発言をなし、これがため被告人が畜産事業所得につき個人所得として申告しなかった時点においては、或いは特段の事情ありと認定しうるとしても、前記杉本税理士が前記係官から個人所得として申告されたい旨被告人に伝えてほしいとの発言があり、杉本税理士がこれを被告人に伝えたのになお税務署が詫を入れてくるまでは申告をしないとの態度をとり個人所得として申告しなかった時点以後においては、もはや特段の事情のないことは明らかであるのみならず、かえって前記係官との右経緯を奇貨として所得税を逋脱しようとしたものとも解することができる。

しかも前掲各証拠によれば被告人は広島銀行水島支店に相当数の仮名の普通預金口座を設け、これらに有限会社平井精肉店からの牛の枝肉の点と代金或は牛の内臓その他の副産物収入を預け入れ、また大阪畜産株式会社からの牛の売上代金を振込入金せしめ、更に右広島銀行水島支店及び対島農協厳原支店に多額の仮名の定期預金を設定するなどの所得秘匿行為をなしていることが認められるのであって、被告人は不正の手段により所得税の逋脱を企図したことは明らかであるといわねばならない。

よって弁護人の主張は採用し難い。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条、一二〇条一項三号に該当するが、その所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金三、〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四万二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

被告人の本件犯行は昭和五三年度分ないし同五五年度分の所得税の逋脱であるが、その逋脱税額は合計一億四、一二三万三、二〇〇円にのぼり被告人の刑事責任は軽くはない。

しかしながら、前掲各証拠によれば、本件は、昭和四七年の有限会社平井精肉店の法人税調査の際、被告人の営む畜産業の収入が右法人の所得となるとする倉敷税務署法人税係官の見解と、被告人個人の所得となるとする被告人の見解が対立し、倉敷税務署において長時間にわたり論議したが、その際法人税係官から個人所得として申告しても無駄足であるとの趣旨の発言がなされたことに端を発しており、昭和五六年三月国税局が査察に入るまで事業所得の申告をしなかった被告人は勿論責めらるべきであるけれども、右経緯によれば被告人に畜産業による相当高額な収入があることは倉敷税務署において明らかに認識していたのに右査察まで、八年余の間、調査等をなすこともなく放置していたものであって税務署側にも職務怠慢といわれてもやむを得ない事情があること、また被告人は査察に際してはこれに素直に応じ、逋脱税額を直ちに完納していること等の諸般の情状を考慮して、被告人に対し罰金刑のみを科することとしたものである。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 下江一成)

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